シンリンオオカミとの戦いで、大怪我をおったライオンは流れ着いた湖のほとりで、
動物が大好きな牧場にすむ娘ジェーンに助けられました。
干草小屋の片隅で、干草の上に寝かされたライオンは目が覚めました。
「よかった…、もう駄目かなとおもっちゃった…。」
そういったジェーンの瞳からは、綺麗な涙が溢れていました。
干草小屋の天窓からさす光でその涙がきらりと輝きました。
その雫がライオンの頬の上に落ちると、スーッとにじんできて
ライオンにもその感触がわかりました。
『なぜ、人間は泣くのか、いやそもそも僕は何故人間に助けられたのか?』
涙を流すジェーンを見てライオンはそうおもいました。
不思議とジェーンが居る前では、ライオンがそれまで持っていた人間を憎む気持ちは消えていました。
ライオンは首の傷が痛んで、まだまだ起き上がれません。
そんなライオンをジェーンは優しくなでていきます。
「ジェーンおねえちゃん、僕もライオンさんにさわってもいい?」
ジェーンの甥っ子のマイケルが聞きました。
「そうねぇ、怪我をしているところ以外なら…、そうねお手てなら大丈夫かな」
「うん、傷のところにさわったらいたいんもんね」
「じゃ、こっちおいで」
ジェーンが優しくライオンの前足を持って、マイケルの前に差し出します。
マイケルは、恐る恐る毛むくじゃらの前足をナデナデしました。
「マイケル、ほら見てご覧。肉球が大きいでしょ」
マイケルが、不思議そうにライオンの足の肉球を指でつつきます。
「わー、大きいけどプニプニしてて柔らかぁい」
牧場に居る牛や馬の蹄とは違うし、鶏の足とも違う、猫や犬の肉球よりも大きくて、ライオンのような大きな脚を見たのも初めてです。マイケルはそれが、不思議で、楽しくって、ついついはしゃいでしまいました。
ライオンは、マイケルのその姿をみて、かにさんの子供のこがにちゃんたちが自分の大きな体ではしゃぎ回っていたときのことや子羊ちゃんがはしゃいでいた様子を思い出していました。
『かにさんたち、どうしているかなぁ、元気かなぁ…』
ジェーンが優しく声をかけます。
「さぁ、もう少しここでおやすみなさい。」
その言葉にライオンはゆっくり目を閉じました。
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どのくらい眠ったことでしょう。
干草小屋の窓からこぼれる朝の光りがライオンの鼻をくすぐるように照らします。
いつかずっと昔に味わったようなその感覚にふと目が覚めました。
『ここは…、そうか人間に助けられたんだ…』
首に巻かれた布が傷口を守ってくれています。ライオンはゆっくりと立ち上がりました。
首の傷が痛んで、かつてのようにしっかりと立つことは出来ません。歩くためにはまずは首の怪我を治さないと何も出来ません。
光りがこぼれる窓辺から、小鳥が舞い降りてきました。
ジェーンが森で怪我をして飛べなくなっていたところを助けられたシーラです。
「あなたもジェーンに助けられたの?」
「君は誰だい?」
「私の名前はシーラ、あなた、ライオンって言うんですってね。」
「あぁ、僕はライオン、よくわからないけどどうやら人間に助けられたみたいだ」
「ジェーンが助けてくれたのよ」
「ジェーン?」
「あなたを見つけてくれた人間の女の人よ。私も森の中で怖い奴に襲われて怪我をしたの、それをジェーンが助けてくれたのよ」
「そうなんだ、人間って悪い奴ばかりだと思っていたよ」
「ジェーンはいい人間よ、森の中で怪我をした動物を手当てをして助けているの」
「じゃ、僕も助けられたのか」
「あなたをここに運んでくるときは大変だったみたいだわ、男の人が何人もかかって運んでいたわ」
ライオンは、ジェーンが何故怪我をした自分が助けたのかがわかりませんでした。
いや、そもそもライオン自身に、ジェーンに対する憎しみや恨みの気持ちが沸いてこないのが自分でも不思議でした。
そんなことを考えながら、ゆっくりとまぶたを閉じてまたライオンは眠りにつきました。
干草小屋の入り口の柱の陰から小さな耳が見えています。
そ~っと目玉と可愛い耳を覗かせて、小さな子猫たちが見ています。
「ほら、あれがライオンっていうのらしいよ」
「うちの父ちゃんよりも、体がデッカイなぁ」
「なんだか大きくて怖いなぁ」
牧場で飼われている子猫のシロ・ゴロ・ハナです。
牧場の動物のみんなが噂話をしているのを聞いて、干草小屋まで探検しに来たのです。
寝ているライオンの姿を見て、人懐こいゴロが駆け出します。
「おい!ゴロ、何してるんだよ」
「危ないよ」
「大丈夫さ、平気だよ」
ゴロは寝ているライオンの大きな顔の前に言って呼びかけます。
「ライオンさん。ライオンのおじさん!」
その可愛い声でライオンは目が覚めました。
「やぁ、おはよう。君は誰だい?」
「ボク?ボクはね、ゴロって言うんだ。向こうにいるのが、シロとハナっていうんだ。僕の兄弟なんだよ」
離れたシロとハナの方をみてライオンは挨拶をしました。
「こんにちは」
シロとハナは、ビクッと驚いて、柱の陰に隠れました。
微笑むように柔らかい表情でライオンはいいました。
「そんなに怖がらなくても何にもしないよ」
「ねぇねぇ、おじちゃんの名前は?」
「名前?名前ってなんだい?僕にそんなものないよ。ライオンだよ」
「じゃぁ、ジェーンお姉ちゃんに付けてもらうといいよ」
「その『名前』ってのをかい?」
「ボクからもジェーンおねえちゃんに頼んであげるから」
「うん、そうかい。つけてくれるといいな」
「きっと、ライオンのおじちゃんに似合うかっこいい名前をつけてくれるよ」
ライオンは、自分が小さくなったようなゴロの姿をみて不思議に感じていました。
思えば、自分は小さいころは誰にでも話しかけるゴロのような行動をしていたことを思い出していました。
でも、ライオンは続けてこう思ったのです。
『自分はいつからこんな役立たずな存在になってんだろう』
子猫のゴロが無邪気にライオンに話しかけます。
「ライオンのおじちゃんの体って大っきいなぁ、僕たちのお父ちゃんも体がでっかいけどライオンさんには敵わないや」
「お父さんがいるのかい、お母さんは?」
「お母ちゃんもいるよ、うちのお母ちゃんは美人なんだよ。そこいらの猫なんか目じゃないよ」
「そうなんだ」
「ライオンのおじちゃん、うちのお母ちゃんのこと、お嫁さんには出来ないからね」
「ははは、僕は君のお母さんをお嫁さんには出来ないよ、ライオンだからね」
「でもね、時々よそのオスが来て、お母ちゃんを狙ってくるんだ。そのたびにお父ちゃんが戦ってお母ちゃんを守っているんだ」
「僕はおっきくなったら、お父ちゃんみたいに強くなってうちのお母ちゃんを守ってあげるんだ!」
「君は、お父さんもお母さんのことも大好きなんだね」
ライオンは、自分のお母さんのことやかにさんや羊のお母さんのことを思い出していました。
そこへ、ジェーンが干草小屋に入ってきました。
ジロもゴロもハナも嬉しそうにジェーンの足元へいっせいにまとわりつきます。
「あらあら、あなたたちライオンさんにご挨拶?感心ね」
ジェーンの手には、大きな肉の塊。ライオンの餌になる肉を持ってきてくれたのです。
「あなたが食べそうなお肉はこれしかないけど、今日は我慢してね。」
お腹のすいていたライオンは、むしゃぶりつく様に食べ始めました。
その肉に子猫たちが同じようにむしゃぶりつこうとしますが、ジェーンがひょいとジロ・ゴロ・ハナを腕に抱えあげてしまいました。
いくら、ライオンが大人しいとはいえ、餌をを食べるときには子猫たちを傷つけてしまうしまうかもしれないからです。
ジェーンは餌を食べているライオンの横で、干草を敷いてライオンに語り始めました。
物語 7 へ続く