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心に響く 歌と詩 そして物語を書き綴っています。


by key_bo

はぐれたライオンの物語 5 -傷ついたライオンと乙女-



川の流れに翻弄され流されていライオンの体は、滝つぼに飲み込まれていきました。
流れる水のなかで、一瞬ふと体が浮くような感覚と同時に落ちていくのがわかりました。

「これでやっと、生きていくことから解放されるんだ…。
 もうこれ以上苦しいのはいやだ。 
 羊さんを助けられたから、いまならもう死んでもいいや」

かすかな意識の中でライオンは、ふとそう思っていました。
そして、滝壺に落ちた瞬間、激しい衝撃にみまわれて、ライオンは完全に気を失いました。

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気がつくと、ライオンは真っ暗な闇の中にいました。
かつて感じたことのある真っ暗な場所
だけど自分の姿は見える、
そんな不思議な感覚のところです。

前に同じようなところにきたときには、すぐに歩きだしたはずのライオン
しかし、今はじっとしたまま動こうとしません。

自分がほかの何にも生まれ変われることなく、
何度も何度もライオンのままでいることに嫌気がさしていたのです。

「どうせ、また歩いても生まれ変われないんだ…。
 かにさんにだって会えないに決まっているし、
 かにさんを守ってあげることだってできないんだ……。 
 こんな僕なら生きていたってしょうがないじゃないか。
 もう、このまま、死にたい…… このまま…。」

ライオンがそう心でつぶやくと、目の前に一筋の光が差し込んできました。
すると、そこに白い衣をまとい、白いひげをたくわえた老人が現れました。
そして、ライオンに向かって語りかけました。

「ライオンよ、どうした、歩きださぬのか?」

「だれだ?あんたは?人間の格好をしているが、人間じゃないな。」

「私が何者かなど、今はどうでもよい。大事なのはなぜお主がここから歩きださぬか、ということじゃ」

「僕はもう自分のことなんてどうでもいいんだ、このまま死にたいんだ。。羊さんを助けた満足感をもっている今のまま。それに…」

「それに?」

「このまま、また歩きだしたって、かにさんの悲しかったことや辛かったことは消せやしないんです。
 僕なんか、何の力にもなれないんだ。
 かにさんのそばに居てあげることだってできないんだ。
 そんな自分が、何もできない自分が嫌なんだ。大キライなんだ。」

「忘れたのか? お主は、タヌキからかにを守ったではないか。歩くのに邪魔になっていた大きな石をお主の力でよけたではないか。かにと出会ったあの時、お主ができることはやったではないか。なぜそんなに過去にこだわるのじゃ」

「僕にはかにさんが味わってしまった悲しみや辛かったことをどうする事も出来ない。かにさんの心の中にあるものは自分の力では消せないんだ。」

「ライオンよ、その苦しみはお主だけが持っているものではないのじゃぞ。…お主が憎んでおるかにを悲しませた人間にも同じ気持ちがあるのじゃぞ」

「人間!そうだ、かにさんを悲しませたのはタヌキだけじゃない、人間もだ!許せない!」

「お主がそうやって人間を憎んでどうするのじゃ?」

「かにさんが味わった悲しみの仕返しを僕が人間にしてやるんだ!」

「お主は、まだ気がつかぬのか。お主が人間に仕返しをしても、その人間がかにを悲しませた人間とは限らぬぞ。そして、お主が人間に仕返しをすれば、同じ悲しみを、かにが味わったのと同じ悲しみをお主が生むになるのじゃ」

「えっ?同じ悲しみを?ぼ、僕が?」

「お主はかにが背負ったつらさと同じものを自分が生み出してしまうことに嫌気がさしていたのではないのか」

「そ、それは・・・」

ライオンは、その言葉に何もいえなくなってしまいました。
ライオンが草原で弱いものを捕まえて食べていたときに、その獲物の子供や仲間が悲しそうな目で、自分たちを遠くから見ていた場面が思い浮かびました。

「お主が次に出会うものは、お主が一番憎んでおるものじゃ。しかし、お主のそれががいかにそれを愚かであるかを一番わからせてくれるであろうぞ」

「えっ、それはどういうことですか?」

「さぁ。行くのじゃ、ライオンよ」

その男性は大きく両手を広げると天を仰ぎ見たかと思うと、あたり一面、真っ白な光に包み込まれました。
その光が眩しくてライオンは眼を瞑りました。

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「ぴちゃ、ぴちゃ」

ライオンはその音に目が覚めました。
気がつくと、大きな山が見える大きな湖の岸辺に打ち上げられていました。
体を起こそうとしてもシンリンオオカミにかまれた首の傷が痛んで、動くことができません。
さっき見たのは夢か、それとも幻だったのか…朦朧とした意識の中でライオンは考えていました。

すると、湖のそばにある草原を歩く音が聞こえてきます。
自分に近づいてきたかと思うと

「あ!こんなところにライオンがいるわ!どうしたのかしら?」

女の人の声が聴こえてきます、そして、近づいてきます。

「まぁ、ひどい怪我だわ!直ぐに手当てしなきゃ」

はっきりと眼をあけられない状態のライオンでしたが、
それがうら若き乙女であることは見えました。

「今すぐ、薬草を摘んできてあげるから、ここにじっとしててね」

その乙女は、森の中へ薬草を探しに行きました。

「に、人間だ… かにさんを悲しませた人間だ…」

ライオンは、ありったけの力を振り絞って立ち上がり、
その水辺からあがって、草原の奥にみえる向こうの森へ
いこうとしましたがすぐに倒れこみました。

薬草を手に抱えたその乙女が帰ってきました。

「あ、ライオンさん、動いちゃだめよ。今、薬草を揉んで傷口につけてあげるから」

ライオンを心配している乙女に、ライオンは「相手が人間である」と
いうだけで、力のだせるだけ吼えました。

「ガォ!・・・」

「そんなに怖がらなくてもいいのよ、私はあなたに何も悪いことはしないわ」

乙女が近づこうとすると、大きな前脚の爪をたてて、弱弱しく振りかざします。
もちろん、怪我で弱っている体では乙女の体にはかすりもしません。

「大丈夫よ、大丈夫。何も怖いことしないから」

「ガ!・・・」

そう吠え掛かろうとしましたが、首の痛みがひどくて体に力が入りません。

「大丈夫、安心していいよ。ほら薬草つけてあげるから、じっとしてて」

乙女の優しそうな声と細くてしなやかな手がライオンに伸びてくるのがわかりました。
だんだんと意識が朦朧としてきて、首筋の怪我に何かが塗られているのが
わかりましたが、動くことすらできません。

「もう、大丈夫だよ。しばらくここでおやすみなさい」

乙女の優しい手が体の毛をなでているのがわかります。
その優しさは、昔お母さんライオンに体を優しくなでて
もらったときのようなそんな感覚のするものでした。

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ライオンが深い眠りからさめて、気がつくと干草の上に寝かされていました。

「あっ、ライオンのお目々が開いたよ~」

小さな子供の声です。
しばらくすると、人間達がたくさん現れて、動けないでいるライオンを
取り囲んで様子を見ています。

「やっぱり、ジェーンの言ったとおり死んじゃなかったなぁ。おい」

「なに言ってんだよ、ボブおじさん。ジェーンは医者じゃないけど動物の怪我の診たてはいいんだ」

「そういってもよ、トム。こいつをこのまま牧場で飼うつもりか?乳もださねぇし、肉にもならねぇのによ」

「今は、そんなことを考える時期じゃないよ、怪我を治してやることが先決だ」


「兄さん、ライオンが目を覚ましたって本当!」

ライオンを助けた乙女、ジェーンが干草小屋に入ってきました。
ジェーンはライオンに駆け寄ると、ライオンのうっすら開いた目をじっと見つめています。
すると、その瞳から大粒の涙を落としました。

その涙がライオンのほほに落ちてきました。

「うん、ほんとによかった。もうだめかとおもちゃったわ…」

ライオンは、不思議でした。
悲しくもないのに何で泣くんだろう?

と。


<その6へ続く>
by key_bo | 2008-11-03 03:22 | はぐれたライオンの物語 第1巻